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名古屋高等裁判所 昭和51年(行コ)2号 判決

控訴人(被告) 大塚正男

被控訴人(原告) 日比野藤雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決中、控訴人に関する部分を取消す。被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張並びに証拠関係は次のとおり付加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれをここに引用する。(ただし原判決五枚目表五行目及び七枚目裏七行目から八行目にかけ「相当額を」とあるのを「相当額につき」と訂正する)

一  控訴人の主張

本件特別都市下水路事業(以下本件特水事業という)は工場汚水の処理が目的となつているけれども、実際は、工場汚水のみならず、一般下水をも本施設の管渠に流入し、その処理場で処理する目的をもつて計画され、かつ施行されたものである。すなわち、本件特水事業は、区域内の各工場の現在排水量を実地に測定し、その三割増を将来の排水量と算定し、さらにその三倍を最大流出量とし、これを基準として右流出量を排水するに足る管渠等の施設を設置することを計画し施行している。ところで一般に下水路事業においては将来の排水量の一倍半を最大流出量と見込むことが通常の設計基準とされているから、右のように設計基準以上の施設を設置していることは本件特水事業が工場汚水のみならず、一般下水の処理をも目的としていたことを示すものである。被控訴人は右の最大流出量の基準が工場汚水のみの処理を目的とする設備として当然のものであると主張するけれども、この主張は、本件下水道の排除方式が雨水と汚水とを同一の管渠で排水する合流式のものではなく、両者を別の管渠で排水する分流式のものであることを無視した立論であつて誤りである。

また本件下水道が工場汚水排出のためのみであるならば、マンホールは工場の数と曲り角の数を加算した程度の数を設置すれば足りるのに、工場の所在場所であると否とを問わず、全域に亘り四〇メートルないし五〇メートル間隔で多数設けられ、かつ大規模なものがつくられている。更に処理場についても、三万五〇〇〇トンの処理能力を有する施設で足りるのに、実際には七万トンの処理能力を有するものが計画、建設され、後に一〇万トンの処理能力を有するものに変更されている。

右のように本施設を一般下水の処理にも使用する目的があつたにもかかわらず、本件特水事業が表面上、工場汚水の処理のみを目的としているのは、工場汚水処理ということで、国、県の補助金を獲得しようとしたことによるものである。また、工場汚水処理の下水道事業が一旦認可されると、同一地域については別個に一般下水道事業は認可されないためその地域の一般下水処理は工場汚水処理施設を利用するほかないという事情も考慮されたのである。補助金獲得のために実態と異なる名目を使用することは正当な方法ではないが、補助金行政に多くみられる事例で、本件においてはその間の事情は公然の秘密であつた。本件工事の設計、計画、施行の委託を受けた愛知県においても本件下水道に一般下水をも流入させることは十分承知していたし、本件事業を認可した国においても、この事業が工場汚水処理のみを目的としたものでないことを承知していたものである。

右のように本施設は一般公共下水の処理にも利用されることを目的としたものであつて、現に木曽川町は本件下水道にし尿を投棄することにより町費を軽減しているのであるから、工場経営者等の受益者のみに対し全事業費の四分の一を負担させることは不公平かつ、不合理である。したがつて受益者の負担部分につき軽減措置を講ずるのが相当である。

以上の事由により控訴人が町長としてなした本件公金支出行為は公益上の必要のためになしたものであるから、地方自治法二三二条の二所定の「公益上必要ある場合」に該ることが明らかである。

二  被控訴人の主張

(一)  本施設は愛知県尾西特別都市水利事業計画及び目論見書に記載されているとおり、工場専用排水路として建設されたことが明白である。若し、将来一般公共下水に利用することが計画されていたのであれば、当然に区域内の尾西、一宮、木曽川の二市一町の処理対象人口とその発展状況とを年次別に推定して計画汚水量の流量を算定し、これを基礎とすべきであるのに、本件計画においては区域内の工場の排水量のみを基礎として計画している。最大流出量が工場汚水の将来排水量の三倍と算定されたことは、日本下水道協会発行「下水道施設設計指針」の管渠計画に基づく当然の設計であつて将来一般公共下水のために利用することを予定したものではない。マンホールの設置も前記指針の基準に従つたものである。また汚水処理場は、現在排水量毎秒〇・八五二立法メートル、時間最大率〇・二、遅滞係数〇・二とし計算すると日量約七三、六一三トンになるので処理能力を一日七万トンとする設計で計画され設置されたのであり、一般公共下水路に利用する余裕はない。

(二)  産業の発展に伴い工場等からの排水による生活環境の悪化が社会問題となり、国は公共用水路の水質保全に関する法律(昭和三三年法律第一八一号)、工場排水等の規制に関する法律(昭和三三年法律第一八二号)を制定した。本件特水事業はかかる社会的背景の下において、尾西地方の染色整理工場等からの排水による被害、生活環境の悪化を防止するための施策としてなされたものであり、その事業費は国、県、町、受益者が各四分の一を負担すべきことが建設省令により定められている。したがつて木曽川町が本件特水事業のために四分の一の負担以上に公金を支出することは右法令に違反するもので許されない。

(三)  木曽川町においては、現在本件特水事業の施設は一般公共下水の処理のために使用されておらず、また使用することも不可能である。したがつて本件特水事業のために前記負担金以上の公金を支出することは地方自治法二三二条の二に違反するものである。

三  証拠関係〈省略〉

理由

一  被控訴人が木曽川町の住民であり、控訴人が昭和三八年四月より同四六年四月まで木曽川町長の職にあつたこと、尾西地方特別都市下水路事業管理組合(以下特水組合という)が本件特水事業を執行するために尾西市、一宮市、木曽川町の二市一町により設立された特別地方公共団体であつて、その事業は右二市一町内の一定区域(排水区域)内にある紡績又は染色整理の工場、その他汚水を排出する工場より排出される汚水を処理するため下水道及び汚水処理場を築造することを目的とするものであること、本件特水事業に要する費用は国庫補助、県費補助、市町分担金及び受益者負担金によつて賄われ、その各金額の割合は各総額の四分の一と定められ、受益者は昭和三六年三月二五日建設省令第六号「尾西・一宮・木曽川都市計画特別都市下水路事業受益者負担に関する省令」(以下省令という)二条により前記排水区域内にある紡績又は染色整理の工場、その他の汚水を排出する工場の経営者とされていること、特水組合の管理者(以下管理者という)は事業の執行年度ごとに受益者に対して負担金を賦課し、各受益者の年度ごとの負担金の額は、その属する負担区の当該年度の事業費に四分の一を乗じて得た額を、その受益者に係る工場の計画排水量に比例し配分した額とされ(省令六条一項)、管理者は負担金を賦課しようとするときは、各受益者に対し、その納付すべき当該年度の負担金の額、納期及び納付の場所を告知しなければならない(同七条)こと、木曽川町は、特水組合との間の「尾西地方特別都市下水路事業受益者負担金の徴収事務委託に関する規約(以下委託規約という)に基づき、特水組合が省令七条の規定に基づき木曽川町区域内の受益者に告知した負担金の徴収に関する事務の委託を受け(委託規約一条)、管理者が受益者に対し負担金を賦課し、木曽川町へ徴収簿を送付したときは同町長は右の負担額を受益者から徴収し、指定期限内に管理者に納付すべきものとされている(同二条)ことはいずれも当事者間に争いがない。

二  成立に争いのない甲第四、第五号証、第九、第一〇号証の各一ないし三、第一一ないし第一三号証の各一ないし四、第一四号証の一ないし七、乙第五号証の一ないし四、第六号証の一ないし三、第七、第八号証の各一、二、原審証人加藤正國の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証、原審証人安藤護、同山田一正(第一、二回)、同加藤正國、同今井嘉文の各証言、原審における被控訴人、同相被告木曽川町長丹菊義明、同今井嘉文の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によると、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(一)  本件特水事業の前身としてこれに類似する事業が、昭和三二年ころより尾西市・一宮市を主体として、昭和三四年ころより一宮市・木曽川町を主体として行われていたところ、昭和三六年、右二つの事業が合体して本件特水事業となつた。

(二)  特水組合から受益者負担金徴収事務の委託を受けていた木曽川町は、昭和四一年度第三、四半期までは受益者負担金の全額を徴収していたが、その頃同町区域内の受益者から(以下同町受益者という)同町に対し、負担金が増大し負担加重となつてきたので、当時尾西市、一宮市においてとられているように負担金を一部減額してほしい旨要請がなされた。そこで、当時、同町長であつた控訴人は右要請を入れて同町受益者の負担を軽減しようと考え、管理者と協議のうえ、昭和四二年四月三〇日、同町受益者との間で、昭和四一年分の受益者負担金につき、管理組合が賦課した昭和四一年度分の受益者負担金のうち二割相当額は特水事業が完成するまで延納を認め、右延納額は右事業完成後五ケ年間に分割納付する趣旨の覚書(乙第三号証)を取交した。一方、控訴人は管理者に対し、同町受益者に賦課される受益者負担金について、その二割相当額を事業費の財源として町費から納付するので省令八条二項の適用を依頼する旨申入れた。その結果、木曽川町と管理者との間で、管理者が省令五条に基づき同町受益者から徴収する受益者負担金のうち二割相当分を木曽川町が特水組合に対し事業費の財源として納付したときは、管理者は同町受益者に対し同年度分の受益者負担金の二割の額につき省令八条二項に基づく徴収猶予または納期限の延長の措置を講じ、将来右受益者から右金額が納付された場合は、これを木曽川町に返還する旨の協定が成立した。そしてこれに基づき控訴人は木曽川町長として同年四月末日までに昭和四一年度同町受益者負担金の二割に相当する金三〇二万〇五六三円を同町財政より公金を支出して特水組合に納付するとともに、同町受益者からは右の金額を徴収しなかつた(以上の事実中、覚書が取交されたこと、木曽川町財政より右の公金が支出され特水組合に納付されたこと、木曽川町が同町受益者から右金員相当額の受益者負担金を徴収しなかつたことは当事者間に争いがない)。

(三)  次いで控訴人は前同様の趣旨により昭和四三年四月二五日までに昭和四二年度分同町受益者負担金の二割に相当する金九七六万四四九七円を、同四四年三月末日までに昭和四三年度分同町受益者負担金の三割に相当する金一一四九万〇四七二円を、昭和四五年四月二六日までに昭和四四年度分同町受益者負担金の三割に相当する金一四七一万六四七九円を木曽川町財政より公金を支出して特水組合に納付するとともに同町受益者から右の各金額を徴収しなかつた(木曽川町財政より右金員につき公金が支出され特水組合に納付されたことは当事者間に争いがない)。

三  前記一及び二の事実によると、本件特水事業は尾西市、一宮市、木曽川町の排水区域内の紡績又は染色整理の工場、その他汚水を排出する工場より排出される汚水を処理することを目的とするものであり、右工場の経営者は受益者として省令に基づき算出される受益者負担金を期日までに支払う義務があるところ、木曽川町長であつた控訴人は同町区域内の受益者からの要請を受け、受益者負担金の一部の支払を一時延期させるため同町財政より前記金額の公金を支出して特水組合に納付したものであると認めるべきである。

四  控訴人は、本件特水事業は工場汚水の処理が目的となつているけれども、それは国や県の補助金を獲得するための表面上のものであり、実際は工場汚水のみならず一般下水をも処理することが目的となつていたし、このことは国や県も承知していたものであると主張する。しかし、右主張にそう当審証人石井信弘(第一、二回)、同今井嘉文、同山田一正の各証言は信用できず、ほかに右主張事実を認めるに足りる証拠はない。控訴人は、また本件特水事業において設計基準以上の太い管渠を使用し、多数の、かつ規模の大きいマンホール及び処理能力の大きい汚水処理場の設置が計画施行されていたから、本施設は工場汚水のみならず一般下水の処理をも目的として計画施行されたものである旨主張する。しかし、右の事実を認めるに足りる確かな証拠はないばかりでなく、却つて当審証人山田一正の証言(第一回)及び当審における被控訴本人尋問の結果によれば、本施設完成後、工場汚水の排出量が増加したため、特水組合は受益者に対し排水規制を行つたことが認められ、控訴人主張のように設計基準以上の余裕のある施設が計画設置された事実はないことを窺い得るのである。また、本件特水事業において一般下水の排水量についての算定がなされこれが計画の基礎とされた事実を認めるに足りる証拠はなく、却つて成立に争いのない乙第九号証、甲第二二号証によれば、本施設は工場汚水の排水量のみを基礎として計画施行されたものであることが認められるから、本施設が一般下水のために利用されることが予定されていたものと認めることはできない。

更に控訴人は、木曽川町はし尿を本件下水道に投棄していたと主張するけれども、本件公金支出当時、本施設にし尿が投入されていたことを認めるに足りる証拠はない。もつとも、当審証人山田一正の証言及びこれにより真正に成立したと認められる乙第一四号証によれば、木曽川町は昭和四六年以降同町のし尿を本施設に投入していることが認められるけれども、他方、右証拠及び当審における被控訴本人尋問の結果によれば、右のし尿投入はバクテリヤを繁殖させて工場汚水を浄化するための方法としてなされたものであつて、し尿処理自体を目的としたものではなかつたこと及び木曽川町は特水組合に対し右し尿投入につき委託料を支払つていることが認められるから、右し尿投入の事実があるからといつて本件特水事業が工場汚水の処理のみのためではないということはできない。

以上のとおりであるから、本件特水事業が一般下水の処理をも目的とし公益上必要なものであるから、本件事業の民間負担金を工場等の受益者のみに負わせることは不公平かつ不合理であつて、控訴人が右受益者の負担軽減のために本件公金を支出したことは地方自治法二三二条の二の「公益上必要ある場合」に該るから適法である旨の控訴人の主張は採用できない。

五  そうすると、控訴人が木曽川町長としてなした本件公金支出は法令の根拠に基づかない違法な行為であるといわざるをえず、右支出につき木曽川町議会の議決を得ている(この事実は当事者間に争いがない)からといつて右の違法が治癒されると解することはできない。したがつて、控訴人は木曽川町に対し故意又は過失により右支出の日から右支出金額に相当する金員が同町に納付されるまで右金員に対する年五分の割合による損害を与えたことになるから、同町に対し右損害を賠償すべき義務がある。

よつて被控訴人が地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき木曽川町に代位して控訴人に対してなす本訴請求は理由があり、これを認容した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秦不二雄 三浦伊佐雄 高橋爽一郎)

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